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青い目の人形の話

最終更新: 2018年2月5日

1月31日、長年、苫小牧で市民活動を続け、現在は逗子市にいらっしゃる長谷川静さんが講演しました。 長谷川さんは、ライフワークとして「青い目の人形」について調査を続けています。


1920年代、アメリカでは経済不況の中、大量に流れ込んできた日本移民に対する排除の空気が広がっていました。このことを憂いたアメリカの宣教師ギューリック博士は1927年、日本国政府を通して日本全国の小学校に日米の交流のあかしとして人形を贈り、日本も日本人形を返礼しました。青い目の人形は、苫小牧にも東小学校などに3体贈られたことが、長谷川さんの調べで分かっています。


戦争の時代がきて、鬼畜米英の空気が国内に広がり人形は燃やされるなどして廃棄されました。その中でひそかに人形を学校内や自宅に隠し、守ろうとした人たちもいました。こうして戦後になって人形が各地で発見され、長谷川さんも函館などの人形の発見にかかわっています。


この日のお話で長谷川さんは、苫小牧でハマ遊の友のメンバーとともに調査してきた3体の行方は、わからないままであること、東小の元教員の男性(故人)が人形の存在を知っていたことなどを説明。「残念ながら、当時を知る人がいなくなっており、これ以上の調査は難しいと感じている。記憶は語らなければ消えていってしまうもので、私がこうして話したことが、何かの形で残り伝わっていけばと願っています」としました。


長谷川さんは、新たな人形交流を進めようと昨年1月、苫小牧と姉妹都市のニュージーランド・ネーピア市を訪問。友好のあかしとして、ビルダルトン市長に日本人形を贈呈しました。今後の苫小牧とネーピアの人形交流の行方にも注目です。




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